「カミオカンデとの出会い 梶田 隆章」リレーエッセイ1-⑬

モーター作りから始める

梶田 隆章
東京大学宇宙線研究所

よく、なぜ物理学に興味をもったのですか、と聞かれます。私の場合、明確なきっかけはなく、学校で普通にいろいろと学び、宇宙のことや小さな世界のことを少しずつ知るうちに、更にもっと知りたいという興味を持つようになったというのが正直なところだと思います。

私の進学した高校は田舎である程度の伝統があり、文武両道のような雰囲気の高校でした。そのため、高校時代は弓道部で弓を引く毎日でした。当時は弓道では特別な高校ではありませんでしたが、それでもかなりのエネルギーを弓に費やしました。大学でも、地方国立大学の物理学科に所属しながら結局、弓に明け暮れる毎日を送りました。そのような私でしたが、素粒子などの小さな世界やこの宇宙という大きな世界が成り立つ仕組みへの興味から大学院で物理学の研究を目指すことにしました。でも、毎日弓道部で弓ばかり引いていた自分にはどうみても実験的研究が性分にあっているし、また理論をやっていける力もないと思い、実験的研究をすることにしました。幸い、小柴昌俊先生の研究室に入れてもらえることになりました。

大学院生になったころの小柴研究室では、カミオカンデという新たな実験を岐阜県で操業をしている神岡鉱山の地下で始めようという時期でした。私もこの実験に参加させてもらい、修士課程の学生の間、神岡などに出かけては実験の準備をするという生活でした。当初カミオカンデは陽子の崩壊という現象を探す実験として計画されました。結局は陽子の崩壊は見つかりませんでしたが、研究者の卵である私にも、この実験の重要性ははっきりわかりました。そのため、この実験のために少しでも役に立てたらと思いながら、修士時代に実験の準備をいろいろとやりました。もちろん客観的には私の貢献など非常に小さいものだったと思いますが、それでもこの実験はとても強く私の興味を物理の実験的な研究に向かわせてくれました。そのため、博士課程に進学して、引き続きカミオカンデ実験で研究をすることにしました。

博士課程の初めの頃、神岡鉱山の地下でのカミオカンデの建設でした。私は田園地帯で育ったせいか、自然が身近に感じられる場所で、このようなことをするのが非常に楽しく、また実験装置の建設が少しずつ進んでいるという思い、そして私たちの装置から得られる実験データが最終的には物理学に貢献できるはずとの思いで、やりがいを強く感じていました。そして、私の周りの先生方や仲間が非常に良い方々だったのだと思います。このような楽しい思いをしたことから本気で物理学の研究者としてやっていきたいと思うようになりました。今考えてみると、小柴研究室でカミオカンデという、私に合った実験と素晴らしい先生方に偶然出会ったことが本当に幸運だったと思います。

私の場合、実験を専門にする研究者として、自然法則を理解するという世界の物理学者が挑み続けている営みに参加させてもらっています。このような営みに参加させてもらえることに本当に幸せを感じます。現在、研究は何かの役にたつことを行うものとの思い込みが社会のいろいろなところにはびこっています。

物理オリンピックを目指す若い皆さんは是非、純粋に物理学の面白さ・素晴らしさを感じ、そして物理学を好きになってほしいと思います。

【略歴】

出身地 埼玉県出身
主な職歴等 東京大学卓越教授・特別栄誉教授、東京大学宇宙線研究所長
日本学術会議会員 日本学士院会員東京大学理学部附属素粒子物理国際研究センター助手、東京大学宇宙線研究所助手、助教授、教授を経て現職。

岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下に設置された実験装置「カミオカンデ」と「スーパーカミオカンデ」を使った実験に参加。

「ニュートリノ質量の存在を示すニュートリノ振動の発見」により2015年にノーベル物理学賞を受賞。

現在は大型低温重力波望遠鏡KAGRAのリーダーも務める。

 

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