「物理オリンピックと『理学の普及』、東京理科大の役割への期待 松本 洋一郎」リレーエッセイ1-⑯

物理オリンピックと「理学の普及」、東京理科大の役割への期待

東京理科大学前学長
東京大学名誉教授
松本洋一郎

今更ではありますが、オリンピックとは何かを考えてみましょう。
オリンピック憲章によれば、オリンピックの精神であるオリンピズムとして、

  • オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
  • オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
    等とあります。オリンピック精神を推し進める運動が「オリンピック・ムーブメント」ですが、オリンピックの価値として、「卓越」、「友情」、「敬意/尊重」が挙げられています。
  • 「卓越」とは、スポーツに限らず人生においてベストを尽くすこと。大切なのは勝利することではなく、目標に向かって全力で取り組むことであり、体と頭と心の健全な調和をはぐくむことである。
  • 「友情」とは、スポーツでの喜びやチームスピリット、対戦相手との交流は人と人とを結び付け、互いの理解を深める。そのことは平和でよりよい世界の構築に寄与する。
  • 「敬意/尊重」とは、互いに敬意を払い、ルールを尊重することはフェアプレー精神をはぐくむ。これはオリンピック・ムーブメントに参加するすべての人にとっての原則である。
    と理解されています。加えて、オリンピック精神の教育的価値として、
  • 努力から得られる喜び:スポーツで自分自身の限界に挑み、相手に挑戦することで、若者は体力、行動力、知力をはぐくむ。
  • フェアプレー:スポーツを通じてフェアプレー精神を学ぶことは、社会においてフェアプレー精神に即して行動することを促す。
  • 他者への敬意:さまざまな文化の中に生きる世界の若者が多様性を受け入れ、互いに尊敬することを学び平和的な態度をとるとき、平和と国際的な相互理解は促進される。
  • 向上心:卓越したものに目を向けることは、若者に前向きで健全な選択を促し、同時に可能な限りベストを尽くそうとする努力の大切さを教える。
  • 体と頭と心のバランス:学びは体全体で行われるものであり、単に頭で行われるものではない。身体的な活動は、道徳的かつ知的な学びを発展させる。
    とされており、スポーツの持つ様々な価値に言及されています。

随分大上段に構えましたが、物理オリンピックの理念も「スポーツ」を「物理」または、「物理の問題を解くこと」に置き換えれば、よく理解できるのではないでしょうか。人類の調和のとれた発展に「物理」を役立てることが重要で、物理という科目の得点力だけを競うということではないということです。その為に、同じ場所に集い、様々な参加者同士の交流にも重きが置かれている訳です。従って、物理オリンピックの会場を手配し、環境を整え、「物理」の問題を作成し、解答してもらう作業を通じて、物理という学問の成り立ちを考え、その普及を図っていくかが大きな課題となっているように思います。その中で、参加者、そして彼らを支える関係者の「卓越」、「友情」、「敬意/尊重」の推進を図っていくということでしょう。更にはそのような活動を通じての社会的関心を高め、教育の重要性にも大きな的価を見出しているということが重要なのではないでしょうか。

ここで、東京理科大学の成り立ちを考えてみましょう。東京理科大学は、1881年に設立された「東京物理学講習所」をその起源にしています。1877年に創設されたばかりの東京大学理学部物理学科の卒業生を中心とした21人の若い理学士らによって「理学の普及」を建学の精神として設立されました。当時、東京大学理学部では、数学、物理学、星学を合わせて物理学科として運営していました。「理学の普及」は、数学、物理学、天文学を修めた彼らにとっては、狭義の物理学のみを意味していた訳ではなかったのでしょうが、中心は物理であったと思われます。

1883年に「東京物理学校」に改称され、多くの困難を克服しながら、自律的精神の下、官立でもなく、ある傑出した人物によってでもなく、民主的に「同盟」を結んだ理学士達らによって、維持、運営されてきました。これは社会に貢献し続けようとする東京理科大学を特徴づける重要な原点になっています。設立にかかわった彼らは、理学への気概に満ち、情熱に溢れた教育者でした。東京理科大学となった今日でも、その伝統は脈々と受け継がれています。

我が国が近代化を成し遂げた明治から大正にかけて、当時の師範学校と中等学校の数学、物理学、化学の教員の半数以上を東京物理学校の卒業生が占めていました。このことは、建学の精神「理学の普及」を体現したものといえます。
1949年に東京物理学校は東京理科大学となりました。卒業生は、東京物理学校以来の伝統を受け継ぎ、全国の高等学校などで優れた理数系教員として教鞭をとっているほか、技術者、研究者として日本はもとより、世界で活躍しています。

学術の発展を歴史的見地から考えてみると、我々は、様々な活動によって得た断片的な知見を集め、その分野の知識としてきました。分野を限定して知識を深め、蓄積することは、人類の発展には必須で、今後も必要です。しかし、その反面、知識の際限のない細分化、複雑化は、様々な領域間の連携が困難な状況を生んでいます。このことは、地球環境問題の深刻化、新型コロナウイルス感染症の蔓延などを引き起こしており、社会的課題の解決を困難にしています。こうした状況を打ち破るには、これまでに構築された専門的知識をつなぎ、大きな目標に向かって協調して行ける仕組みを作ることが重要です。さもなければ、学術と生活あるいは社会、つまり学術と人々との距離が益々遠くなって行くように思います。

そうした状況の中で、物理オリンピックを運営していく組織に、東京理科大学が深く関与していくことは、理科大の発展の歴史を考えれば、必然ではないかと思われます。東京理科大学が、「理学の普及」を体現し、「物理オリンピズム」を推し進め、「物理オリンピック・ムーブメント」の中心的存在として、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、社会の公器として、人類の調和のとれた発展に「物理の普及」を役立てる組織体であり続けることを願うとともに、国際物理オリンピック日本大会が意義深いものになることを願って筆を置きます。

【略歴】

出身地 兵庫県 加古川市
出身高校 私立 灘 高等学校
大学・大学院 東京大学工学部機械工学科 工学博士 (1977年)
主な職歴等 1992年 東京大学工学部講師、助教授を経て、教授
2006年 東京大学大学院工学系研究科 研究科長,工学部長
2009年 東京大学理事・副学長
2015年 国立研究開発法人 理化学研究所 理事
2015年 国立研究開発法人 国立がん研究センター 理事
2018年 東京理科大学 学長
2020年 外務大臣科学技術顧問(外務省参与)

 

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